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町内の祭で練り歩いた。

今年は持ち回りで作道家がイニシアチブを。

「ワッショイ!」の掛け声や、対象の家にお礼を言うのが俺の仕事。

それに続いて「有り難うございました」
皆が声を揃えて頭を垂れる。

こう書くと簡単そうなんですけど
世代による歩調、感覚差とかありましてコツがいるわけです。

でもまあ、そういうことは流れでいける。
それより、いかんせん声が出ない・・・。

使い慣れたTOAのマイハンドメガホンを使っても
かすれた声が無駄に大きく際立つだけ・・・。

元々俺って、ボイス系には自信ある人間なわけですよ。
 
自分の人生を振り返るとですね・・・

16歳の時からバンドやって・・・
詩の朗読で富山代表・・・
国内最大のカラオケイベントで富山代表・・・
演劇指導で月に何度も東京に通ってた。

大阪で大声コンテストがあった時に
楽々と優勝者に勝ちましたし・・・
何というか、声に関することなら俺に任せとけってなもんなんです。

そうだったんです。

ハッキリ言って。

でも、よくよく考えると、今現在やってないことばかり・・・。

継続がなされてない。

己のここ5年間を回顧すると・・

本読んで、文字書いて、パソコンして梱包して・・・。

日中はジッと黙っている生活。

アクビすると・・・「俺の声ってこうだったのか」
そんな当然の発見をしてみたり。

夜は大学の手伝いで4~5時間ぐらい数学ですよ。

こういう日々を送ってると声も出にくくなりますよね。

声帯が硬くなって、柔軟性がなくなってるんだと思う。

終わった祭のことなんてどうでもいいんだろうけど
声を出す機会がある度にホント情けなくて。

これからは、少しでも改善するために
積極的に声を出すことにしよう。

40歳を過ぎると祭の本当の良さが分かってくる。

それって=日本の良さ。

普段はろくに言葉も交わさない町内の人と
何時間も一緒に歩いて共に声を出すって凄いことだと思う。

ここに引っ越してきて15年なんだけど
別の土地に住んでいれば、まず、この人達とは出会わなかったわけで。

60以上の土地や物件を見回っただけに
その辺の価値観が際立って膨れ上がる。

海外へ研究とかに行っちゃうと
こういう気分には絶対なれないんだろうな・・・。

やっぱり日本が一番良い。

俺もちょっと生活の場がどうなるか分からないけど
ここを精一杯満喫したいと思います。

今日も一日お疲れ様でした。

# by satoshi_tsukuri | 2012-05-19 23:36 | Trackback

平山郁夫展



富山県水墨美術館へ行ってきた。
佐川美術館の協力により代表作72点と
黒部ダムを加えた計73点を展示。

美術館の構造上、多くの絵はガラスを隔てて
鑑賞しなくてはならず、絵までの距離があって残念・・・。

絵の号数的に一般感覚では策を講じる必要もなく
許容範囲内なのだろうが、俺独自の鑑賞は出来ない。

富山でそれをやると「こいつ頭おかしい」
そういう感じで捉えられてしまう。

それを東京の美術館で同じようにやると
「どこでその鑑賞法を身につけたのか」
美大関係者を中心に接触、質問される。

西洋美術館でモネを鑑賞していた時
40代後半のフランス人男性が小さく拍手しながら近寄ってきて
笑顔で握手を求められた。
「モネをこれほど正当に見てくれる人が日本にいて嬉しい」
付き添いの日本人が通訳してくれた。

呆気にとられてその場はそれで終わったが
彼の風貌と醸し出す雰囲気は只ならぬものがあり
かなり著名な人物であったと思われる。

絵画には弾力性を感じる距離がある。
大袈裟ではなく、それは㎜単位。
動けなくなるぐらい、ガーンと心と体に来る位置。
絵の中に入ったり、額の外の世界観を楽しんだり。

近付いてタッチを見ていると筆が見えて腕が見えて
描いた人が見えて、その部屋が見える・・・。

後で調べてみると、その状況が極めて近いことが多い。

生活音が聞こえて、暗くなって、明るくなって
強い執着から一時だけ解き放たれる未完成の絵画。

規則的なリズムと不規則的な心情が向けられ繰り返し
目の前にある状態の絵へと近付いてゆく・・・。

平山郁夫氏の凄いところ・・・例えば山の絵画。
通常なら、稜線というか尾根を際立たせるように
高さや大きさからくる雄大さを中心に描くのだが
明らかに“力”を描いてる。

パワースポットが少し前に大流行した。
山というものは中腹の窪んだところに力が蓄積される。

エネルギーがそこから放出されているかのように。

その描き方が本当にお見事。
本物の山以上のものを受けとらせてもらった。

また、人工的な柵を描く際も、上と下では呼吸法を変え
無機質なものにも息衝く生命感を綿密に表現している点も凄い。

その作業に従事した人達への尊敬心というか
自然に対する畏敬の念に加えられる人工物が
風景と一体化し、新たなる波動へと繋がるようにとの願いをも感じる。

何かを感じさせてくれるのは当然だけど
「何かをやろう」という衝動にまで見る者を高めてくれる。


          祈り(エローラ石窟)1998 ~絵ハガキで購入~



     楼蘭の朝(楼蘭遺跡三題)1991 ~色紙で購入~

# by satoshi_tsukuri | 2012-05-18 22:05 | 美術 | Trackback

どちらが良いか・・・

○○(製品名)は良いと思いますか?」

○○○○だったらどちらを選びますか?」

こういうことばっかり質問されるんですけど
あなたが良いと思ったら良いんじゃないでしょうか。

それが基本でしょ?

例え俺が何と言ったって、あなたの中では既に決まってるんですから。

心理学でよくあるでしょ?

あれですよ。あれ。

確かに対象となる人が必要かもしないけど、それは俺ではないです。

# by satoshi_tsukuri | 2012-05-15 10:42 | Trackback

コジマとヤマダ電機

ビックカメラが、コジマを買収・・・どの世界も大変ですが
家電量販業界は最も厳しいイメージがありますよね。

今まで一度も書いたことありませんが
もの凄くその周辺に興味あるんですよ。
色々と。

今日は、あまり知られていないこの業界のエピソードを
一つ書かせてもらいます。

1997年に家電量販店売上高日本一になったコジマ・・・。

それに対し、ヤマダ電機の山田昇社長は強いライバル心を持っていた。

コジマを抜いて日本一になるためにはどうすればいいのか・・・。
考えた結果、人間関係の自然な流れをも上手く含み
それを当時のコジマの社長である小島勝平に直接相談。

小島社長は経営ノウハウを山田社長に惜しみなく教えた。
大まかな質問をすることもあれば、話は経営の細部にまで及ぶことも。

小島社長からすれば、業界全体の発展を願ってのことだったが
結果としてヤマダ電機の発展に繋がり
2002年にヤマダ電機が売上高日本一に。
現在の状況に至る。

ホントどちらも型破りで凄いと思うけど
このことから学ぶべきことは多い。

会社が異なれば経営理念も当然ながら違う。
目標、掲げるスローガンも違う。

上層部の考えを、どのように社員に伝えるか。
どのようにしてそれを客に見せて感じさせるか。

根本は同じと考えていたコジマと
そこに圧倒的な差異を求めたヤマダ電機。

共に“挑戦”をイメージさせる企業だが
コジマは客に対する挑戦で
ヤマダ電機は業界や他社に対する挑戦である、あった気がする。

業界トップの企業は
ミクロ経済などの論理に合致することが多い。

効率的市場理論、限界概念に関して
面白いように当てはまる。

その数歩先を行くことは、先見性があると言えば聞こえはいいが
経営状態に無理を強いられている場合もある。

トップを走るヤマダ電機と、ビックカメラに買収されるコジマ・・・。

売上高日本一・・・「2位じゃダメなんでしょうか?」

客の立場である自分から見ると
どちらの状況も辛く感じてしまうのはどうしてなのか・・・。

家電量販に対して海外の資本が入ってくることは考えにくいが
海外で主流となる方法論の受け入れは考えられる。

日本人固有の概念や価値観がそれらに打ち破られてしまうのか・・・。

強く興味あるところです。

# by satoshi_tsukuri | 2012-05-11 10:26 | Trackback

道から道へ

2010年10月・・・。
梅津栄さんの番組に出させて頂いた時、色紙に『道』を毛筆で書いて頂いた。

自分が作道という苗字だからかもしれないけど
個人的に一番好きな漢字が『道』だから感動してね。

完全ガチの番組でこちらから要望を出したわけでもないのに
書いてほしいと心の中で願ってたら本当にそうなった。

それに深く感じ入った俺は3ヶ月間
毎日『道』を筆で書きまくった。

一般的にも道は最も人気がある字・・・。
書でも一番価値ある部類の漢字とされている。

練習しておいて損はない。

少なくとも500回は書いたと思う。
ある程度書けるようになり
3カ月後、軽い気持ちでそれをここにup。


            それがこれ↓




「なーんだ、その程度?」って思われるかもしれませんが
これが意外と難しいんですって。

そしたら3週間後に、ヒップホップのバンドの人から
「CDジャケ用に“遊”を書いてもらえませんか?」との依頼。

俺は「申し訳ないけど道専門なんで・・・」そんな感じで断った。

それから、ちょくちょく良い字だって褒めて頂いて。
そしたら数日前、ツイッターで俺の書いた『道』を使ってくれてる人がいて感激。

何故なら「ミクシーやツイッターで誰か使ってくれればいいのに・・・」
何となく思ってたもんだから。

その人は、かずみちさんという若い男性。
元々はツイッターでフォローし合ってたけど
道を使ってくれたのはホント偶然。

Googleの画像検索で見付けて気に入ってくれたらしい。

俺は道に気付くより先に、その人のツイートを読んで
「さり気なくて良い文章。この人、隠してるけど知能が相当高い」と感じた。

そして次に画像の「道」を見た。
どこかで見たことがあると思ったら俺が書いた字で(笑)。

お互いに通じる部分があったことが嬉しいよね。

この出会い(?)・・・要素を母集団に組み込んでいけば信じられない確率になるけど
何かお互いにあるんだと思うよ。
二人に通じる独特の波長みたいのが。

それを確認できるってのは
生きている醍醐味であると同時に
生きてる証でもあると思う。

擦れ違いの逆・・・。

ということで、かずみちさんのことも宜しく(笑)。


# by satoshi_tsukuri | 2012-05-07 15:16 | 日常 | Trackback

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